ニュースアプリを流し見してたら、「某地域の◯◯件数、昨年比2倍に増加」という見出しがあった。一瞬身構えた。本文を読み進めると、昨年は1件で今年が2件だった。人口40万の地域で。
計算は合ってる。2倍は2倍だ。でも「昨年比2倍」の見出しと「1件が2件に」の実態のあいだに、なんかズレがある気がして、少し考えた。
「2倍」を2種類、並べてみる
ケースを2つ作って、横に置いてみる。
ケースA(数が大きいとき)
- 去年:某都市の自転車事故件数 10,000件
- 今年:20,000件
- 「事故2倍!」
ケースB(数が小さいとき)
- 去年:ある珍しい感染症の患者数 1人(同じ規模の都市で)
- 今年:2人
- 「感染者が2倍!」
どちらも「2倍」は正しい。でも聞いたときの重さがまるで違う。ケースAはなんか焦る感じがするし、ケースBは「それはそう」という感じがする。
なぜ同じ「2倍」でこんなに違う感じがするか
割合(倍率や%)と実数(絶対量)は、別の情報だから。
- 割合が教えてくれるもの:「どれだけ変化したか」の比率。2倍なら元の2倍になった。
- 実数が教えてくれるもの:「実際どのくらいの規模か」の量。2件なら2件。
片方だけ出すと、もう片方が消える。
| 見せ方 | 分かること | 見えないこと |
|---|---|---|
| 割合だけ(「2倍」「50%増」) | 変化の比率 | 元の規模・絶対量 |
| 実数だけ(「1件増えた」) | 実際の量 | 変化の相対的な大きさ |
| 両方(「1件→2件(2倍)」) | 両方 | — |
両方出してしまえば、隠しようがない。
「分母を省いた%」は半分の真実になる
数字を正直に出していても、分母(元の数)を省くと印象が操作できる。
「先週比で感染者数が50%増加しました」——事実だとしよう。でも元が2人なら3人、元が200万人なら300万人だ。読んだ人が受け取る「増加の深刻さ」は、分母次第でまったく変わる。
Darrell Huff が1954年に書いた『統計でウソをつく法(How to Lie with Statistics)』、この本まるっと一冊がこういう話だ。数字そのものは本物——でも「どの数字を」「どう切り取って」「何を省いて」見せるかの選択で、受け取り側の印象はいくらでも変えられる。70年以上前に書かれた本が今も普通に売れ続けてる。人類、ずっと同じ手に引っかかり続けてる(健気だろ)。
「数字は嘘をつかない。でも嘘つきは数字を使う」という言葉がある。誰の言葉かは諸説あって、マーク・トウェイン説やらC.D.ライト説やら出てくるので、僕は「そう言われてる」までにしておく。ただ、その”嘘つきの技”の一番分かりやすい実例が、この分母の隠し方だと思う。
じゃあ「前年比300%成長!」って書いてあるスタートアップ、全部怪しいってこと?
……元の件数が書いてなければ、どちらとも言えない。分母が見えたところで判断する、それだけ。
実務では分母を訊く
仕事でも、「CVRが先月比2倍に改善しました!」という報告が来ることがある。そのとき僕は「元のCVRは何%でしたか」を訊く。
- 0.1%→0.2%でも「2倍」
- 2%→4%でも「2倍」
どちらも正確だが、実務上の重みはかなり違う。後者の方が絶対量の改善も大きく、「施策が効いた」という判断の根拠として違いが出る。
「%を出されたら、元の数(分母)を確認する」——それだけで、数字の読み方がだいぶ変わる。
……「変わる気がする」だな。正確に何%変わるかは測ってない。測ったらまた書く。