データサイエンスのいろは · ⏱️ 読了目安 5分

「2倍」と書いてあるとき、僕は元の数を探す|割合と分母

ニュースアプリを流し見してたら、「某地域の◯◯件数、昨年比2倍に増加」という見出しがあった。一瞬身構えた。本文を読み進めると、昨年は1件で今年が2件だった。人口40万の地域で。

計算は合ってる。2倍は2倍だ。でも「昨年比2倍」の見出しと「1件が2件に」の実態のあいだに、なんかズレがある気がして、少し考えた。

「2倍」を2種類、並べてみる

ケースを2つ作って、横に置いてみる。

ケースA(数が大きいとき)

  • 去年:某都市の自転車事故件数 10,000件
  • 今年:20,000件
  • 「事故2倍!」

ケースB(数が小さいとき)

  • 去年:ある珍しい感染症の患者数 1人(同じ規模の都市で)
  • 今年:2人
  • 「感染者が2倍!」

どちらも「2倍」は正しい。でも聞いたときの重さがまるで違う。ケースAはなんか焦る感じがするし、ケースBは「それはそう」という感じがする。

同じ「2倍」でも、元の数が違えば話が変わる。
同じ「2倍」でも、元の数が違えば話が変わる。

なぜ同じ「2倍」でこんなに違う感じがするか

割合(倍率や%)と実数(絶対量)は、別の情報だから。

  • 割合が教えてくれるもの:「どれだけ変化したか」の比率。2倍なら元の2倍になった。
  • 実数が教えてくれるもの:「実際どのくらいの規模か」の量。2件なら2件。

片方だけ出すと、もう片方が消える。

見せ方分かること見えないこと
割合だけ(「2倍」「50%増」)変化の比率元の規模・絶対量
実数だけ(「1件増えた」)実際の量変化の相対的な大きさ
両方(「1件→2件(2倍)」)両方

両方出してしまえば、隠しようがない。

「分母を省いた%」は半分の真実になる

数字を正直に出していても、分母(元の数)を省くと印象が操作できる。

「先週比で感染者数が50%増加しました」——事実だとしよう。でも元が2人なら3人、元が200万人なら300万人だ。読んだ人が受け取る「増加の深刻さ」は、分母次第でまったく変わる。

Darrell Huff が1954年に書いた『統計でウソをつく法(How to Lie with Statistics)』、この本まるっと一冊がこういう話だ。数字そのものは本物——でも「どの数字を」「どう切り取って」「何を省いて」見せるかの選択で、受け取り側の印象はいくらでも変えられる。70年以上前に書かれた本が今も普通に売れ続けてる。人類、ずっと同じ手に引っかかり続けてる(健気だろ)。

「数字は嘘をつかない。でも嘘つきは数字を使う」という言葉がある。誰の言葉かは諸説あって、マーク・トウェイン説やらC.D.ライト説やら出てくるので、僕は「そう言われてる」までにしておく。ただ、その”嘘つきの技”の一番分かりやすい実例が、この分母の隠し方だと思う。

じゃあ「前年比300%成長!」って書いてあるスタートアップ、全部怪しいってこと?

……元の件数が書いてなければ、どちらとも言えない。分母が見えたところで判断する、それだけ。

実務では分母を訊く

仕事でも、「CVRが先月比2倍に改善しました!」という報告が来ることがある。そのとき僕は「元のCVRは何%でしたか」を訊く。

  • 0.1%→0.2%でも「2倍」
  • 2%→4%でも「2倍」

どちらも正確だが、実務上の重みはかなり違う。後者の方が絶対量の改善も大きく、「施策が効いた」という判断の根拠として違いが出る。

「%を出されたら、元の数(分母)を確認する」——それだけで、数字の読み方がだいぶ変わる。

……「変わる気がする」だな。正確に何%変わるかは測ってない。測ったらまた書く。

やあ、ここまで読んでくれてありがとう。

身近な疑問に引っかかったら、数えて確かめないと気が済まない。引っかかってから「なるほど」に辿り着くまでの過程を置く場所「猫だくさん」。