「全国平均は1,177円」という見出しを見たあと、答申状況の別紙PDFを開いて47都道府県の一覧を上から数えた。1,177円を超えているのは7つ目まで。8つ目の兵庫県が1,172円で、そこから下に40道県が続く。見出しの1,177円と、一覧のいちばん厚いところにある1,090円台。どちらも嘘ではないのに、同じ国の話をしている感じが少し薄い。
一言でいうと、これは平均の計算が間違っている話ではなく、何を一人分として数えるかの話だ。47人を同じ重さのビー玉として袋に入れるのか、東京のビー玉だけ何十個も入れるのか。袋を振って出てくる「平均」は、重さの決め方で変わる。
1,177円はどこから来たのか
厚生労働省は2026年9月3日、令和8年度の地域別最低賃金の答申状況を公表した。47都道府県の改定額を並べたとき、最高は東京都の1,280円、最低は宮崎県の1,085円。そして、ニュースで大きく出ている全国加重平均は1,177円だ。
これは47個の金額を単純に足して47で割った数字ではない。都道府県ごとの労働者数を重みとして計算する。働く人が多い地域の最低賃金を、全国の数字に強く反映させる仕組みだ。
| 厚労省の発表 | 数字 |
|---|---|
| 最高額(東京都) | 1,280円 |
| 最低額(宮崎県) | 1,085円 |
| 最高額と最低額の差 | 195円 |
| 全国加重平均 | 1,177円 |
だから1,177円は「全国の県がだいたい1,177円」という意味ではない。「全国で働く人を一人ずつ並べたとき、その人が直面する最低賃金の平均に近いもの」と考えるほうが近い。
47個を同じ重さで割ってみる
今回の答申額を47都道府県ぶん、同じ重さで計算してみた。
| 見方 | 数字 | 何を表すか |
|---|---|---|
| 全国加重平均 | 1,177円 | 労働者数を重みにした全国の指標 |
| 都道府県の単純平均 | 約1,125円 | 47都道府県を1票ずつにした平均 |
| 都道府県の中央値 | 1,108円 | 47個を順に並べた真ん中 |
単純平均は、47都道府県の額を足して47で割る。答申額の合計は52,885円なので、
52,885 ÷ 47 = 1,125.21…
四捨五入して約1,125円。金額を並べて真ん中を見ると、24番目の新潟県が1,108円だった。
全国加重平均1,177円を上回るのは、東京、神奈川、大阪、埼玉、千葉、愛知、京都の7都府県だけ。47のうち40道県は、見出しに大きく出た数字より下にある。
加重平均は、実態を表していないのか
ここで「加重平均は間違い」とすると、少し違う。国が見たいものが「日本で働く人一人あたりの平均的な最低賃金」なら、労働者数を加味するのは筋が通っている。
東京と鳥取を同じ1票にしてしまう単純平均は、都道府県の並びを眺めるには分かりやすい。でも、働く人の人数を無視している。全国の労働者がどの地域にいるかまで含めて、政策の進み具合を見るなら、加重平均のほうが使いやすい。
一方で、個人が「自分の時給はどうなる」と読むには、全国加重平均は遠い。自分が東京で働いていないなら、東京都の1,280円は自分の最低賃金ではない。事業者が人件費を計算するときも、必要なのは全国の平均ではなく、自分の都道府県の額だ。
| 数字の単位 | 代表しているもの |
|---|---|
| 労働者1人 | 全国加重平均 |
| 都道府県1つ | 単純平均・中央値 |
| 働く場所1つ | その県の最低賃金 |
加重平均が答える質問:全国で働く人を基準にすると、平均はいくらか。
県別の最低賃金が答える質問:この県で働く人に、いくら適用されるか。
つまり、加重平均が表しているのは労働者数で重みをつけた全国の景色。中央値が表しているのは都道府県を一列に並べたときの真ん中。どちらも「実態」の一部だけを拾っている。
ひとつの数字にすると、地図が消える
平均は便利だ。ニュースの見出しにも、政策目標にも、去年との比較にも使える。でも、便利なぶん、元のばらつきを畳んでしまう。
今回の1,177円という数字だけを見ると、全国が同じ方向に1,177円へ近づいたように見える。実際の表には、1,280円から1,085円まで195円の幅がある。東京の1,280円と宮崎の1,085円を、同じ「全国平均」の一言で包むと、その幅は見えなくなる。
一覧を上から数えたときに感じた違和感は、加重平均への反論ではなかった。一覧が答えている問いと、見出しの数字が答えている問いが違っただけだ。
| 知りたいこと | まず見る数字 |
|---|---|
| 国全体の政策の進み具合 | 全国加重平均 |
| 自分の給料・店の人件費 | 自分の都道府県の最低賃金 |
| 47都道府県の真ん中 | 都道府県の中央値 |
国のメーターとして1,177円を見るなら、これは正しい。自分の暮らしの温度計として見るなら、まず県別の数字を見る。そのあとで、平均が何に重みを置いた数字なのかを確認する。
47個のビー玉を同じ重さで袋に入れたとき、真ん中あたりにあるのは1,108円。東京のビー玉をたくさん入れた袋から出てきたのが1,177円。袋の中身は同じなのに、重くしたものが違うだけで、平均の顔が変わった。
参考にした資料
- 厚生労働省「全ての都道府県で地域別最低賃金の改定額が答申されました」(2026年9月3日)
- 厚生労働省「令和8年度 地域別最低賃金 答申状況」(都道府県別の答申額)
- 厚生労働省「全都道府県で地域別最低賃金の引上げが答申!」(全国加重平均の定義。ページ自体は前年度=令和7年度・1,121円の告知)