郵便受けを開けたら、健康診断の結果表が入ってた。封を切って、一番下まで目を通したところで指が止まった(一番下、って言っても健康診断の結果表はだいたい3ページしかないんだけど)。「要精密検査」。その一行の横に、赤い小さな丸が付いてた。
……えっ、ちょっと待って。
スマホで検索しかけて、やめた。検索する前に、まず考えることがある気がした。
確率って、一回聞いたら確定する数字じゃない。天気予報の降水確率と同じで、新しい情報が来るたびに頭の中で書き直す。この書き直し方に手続きとしての名前が付いてて、ベイズの定理っていうらしい。
たとえるなら、占い師に「今日、運命の人に会う」って言われた日、コンビニの店員がいつもよりちょっと感じ良かっただけで「……これか!?」ってなるあの現象。あれも中身はベイズの話で、“運命の人に会う”がそもそもめったに起きないこと(低い事前確率)を、店員の愛想くらいの弱い証拠(普通の日でも普通に起きること)でひっくり返すのは無理がある、というだけの話らしい。
で、封筒の「要精密検査」に戻る。この検査の”精度”がどれくらいか、結果表のどこにも書いてなかった。でも、精度が高い検査だとしても、それだけで「本当に病気」だと決まるわけじゃない、というのは占い師の話と同じ構造のはずだ。じゃあ実際、どれくらいの確率で本物なんだろう。
最初は「検査の精度が99%なら、当たってる確率も99%くらいだろう」と思いかけた。でも占い師の例えを思い出して、いや待て、と思い直した。精度が高いのと、対象の病気がそもそも珍しいことは別の話だったはずだ。じゃあ”その病気がどれくらい珍しいか”を先に置かないと、精度の数字だけでは何も言えない。
紙に升目を書いてみた
言葉で考えてても埒があかないので、紙を出して升目を書いた。数字は全部、話を追いやすくするために僕が仮に置いた架空のもので、本当の検査の精度でも実在の病気の数字でもない。
- この病気にかかっている人:1000人に1%=10人
- かかっていない人:990人
- 検査の”見つける力”(感度):99%→10人の患者のうち、ほぼ全員の10人が陽性になる
- 検査の”間違って反応する率”(偽陽性率):5%→990人の健常者のうち5%、約50人が誤って陽性になる(細かい端数は丸めてある)
陽性になった升目を全部数えたら、10+50=60人。この60人のうち、本物の患者は10人。
10÷60=約17%。
「陽性」の紙を渡された1000人のうち、実際に病気なのは6人に1人くらい。残りの5人は、健康なのに升目の中に入っただけの人だった。
「精度」と「本当に当たってる確率」は別の数字
占い師の例えでいうと、「運命の人に会う確率がそもそも低い(事前確率)」と「店員の愛想という証拠がどれくらい強いか(尤度)」を掛け合わせて、初めて「実際に運命の人だった確率(事後確率)」が出る。健康診断の升目も、同じ3段の掛け算でできていた。
| 用語 | 今回の数字 | 意味 |
|---|---|---|
| 事前確率 | 1% | 検査の前から分かってる”珍しさ” |
| 感度 | 99% | 患者を見つける力 |
| 事後確率 | 約17% | 陽性が出た後の、“本当に病気”の確率 |
事前確率が低いところに、感度99%というかなり強い検査をぶつけても、事後確率は99%にはならない。60人のうち50人が”健康なのに引っかかった側”なのは、病気がそもそも1000人に10人しかいない珍しさのせいで、検査の性能が悪いわけじゃない。
じゃあ「要精密検査」なんて、あんまり気にしなくていいってこと?
……そうは言ってない。17%は「何もしなくていい確率」じゃなくて「6人に1人は本物」って確率だ。だから精密検査は受ける。ただ「陽性=ほぼ確定」だと決めつけて、封筒の前で青ざめる必要はない、ってだけの話。
トーマス・ベイズって人、18世紀のイギリスの牧師だったらしくて、この定理も彼が死んだ後に、知人が代わりに発表したものだと聞いたことがある。自分の名前がついた定理を、本人は世に出る前に見られなかった。それはそれで、なんか切ない話だ。
結果表を、もう一度たたんで封筒に戻した。あの赤い丸は消えないし、17%が0%になるわけでもない。ただ、赤い丸の横に、頭の中でこっそり「60分の10」って書き足した。今度病院に行ったら、その分母がどこから来た数字なのか、ちゃんと訊いてくる。