データサイエンスのいろは · ⏱️ 読了目安 7分

年収偏差値を出したいのに、σがどこにもない|偏差値と標準偏差

同期の飲みがあった。年収の話をしたかったわけじゃなかったんだけど、「最近どう?」がじわじわ「給料どのくらい?」のほうに流れていくやつ。誰も直接は言わないけど誰も全力で避けもしない、あの空気。

帰り道に思いついた。偏差値で出せばいいじゃないか。絶対額は言いにくくても、「偏差値でいうと54くらい」なら言えそうな気がする。何より、自分の立ち位置を一回ちゃんと確認しておきたかった。

前回(散らばり②)で出てきた公式を引っ張り出した。

偏差値 = (自分の値 ー 平均) ÷ σ × 10 + 50

平均は国税庁の「民間給与実態統計調査」に載ってる。令和4年(2022年)分、男女合計で約458万円。よし。

問題はσ(標準偏差)だ。これが、どこにもない。

σを探した

国税庁のPDFを探した。表が多い。給与階級別の人数がある。合計の平均がある。でもσが、ない。

しばらくしらみつぶしに探して(まあまあの時間かけた)、やっぱりない。

調べると、給与の公式統計ではσは直接公表しないことが多いらしい。代わりに給与階級別の件数が公表されていて、そこから四分位数(P25=下から25パーセンタイル、P75=75パーセンタイル)を計算できる。

正規分布(あの左右対称の釣り鐘型)を仮定するなら、P75 ー P25 の幅(四分位範囲、IQR)からσを推定できる。ざっくり「IQRを1.35で割るとσが出る」(正規分布の形からそうなる)。

やっと前進できそうだ、と思ったら——ここでもう一個、引っかかった。

そもそも、給与って正規分布してるの?

σの推定式「IQR ÷ 1.35」、前提として正規分布を仮定している。

正規分布は、平均を軸に左右対称にきれいに広がる。身長がそれに近い。170cmあたりにわっと集まって、上下に均等にばらけていく。

給与はそうじゃない。低い方には最低賃金という床がある。でも高い方に上限はない。数百万・数億の年収の人がいる。だから分布の形は——山のてっぺんが低い年収側に寄っていて、右にだらだら長い裾を引く形になる。「右歪み(右に裾がある)」という。

みんなが集まってる場所より、点線(平均)がちょっと右にある。
みんなが集まってる場所より、点線(平均)がちょっと右にある。

右に歪むと、何が起きるか

#01の部屋の実験を思い出してほしい。右に飛び出た外れ値が、平均を引っ張り上げる。右歪みの分布でも同じことが起きる。右に長い裾——高い年収の人たち——が、平均を中央値(真の「真ん中」)より右に引き上げる。

つまり平均 > 中央値になる。

国税庁の平均が約458万でも、給与所得者をぴったり半分に割った「真ん中の金額(中央値)」は、もっと低い。直接の公表値はないが、分位数から推計すると400万前後といわれる(σと同じく推計の話なので断定は避ける)。

ここまではいい。問題は次だ。

偏差値50が「真ん中の人」じゃなくなる

偏差値は、正規分布を前提にすると「偏差値50 = ちょうど真ん中(上から50パーセンタイル)」になる仕組みだ。

給与は正規分布じゃない(右歪み)。だから——偏差値50の人が、“全員のちょうど真ん中”にならない。

平均ちょうど(偏差値50)の人は、真の真ん中(中央値)よりやや上にいる。右歪みなので平均が中央値より高いからだ。偏差値50は「給与の平均額の人」を指すが、「全員の半分より上の人」ではない。

「平均以下は可哀想」みたいな文脈でよく出てくる「平均年収」——あれが「真の真ん中よりは高い」を利用して「多数派が平均以下」を演出できるのは、この歪みのおかげでもある。

じゃあ結局、自分の年収偏差値はいくつだったの。

……出した。でも「正規分布を仮定してるぶん、ズレがある」という但し書きを自分のメモに足した。人には言ってない。

使えなくなるわけじゃない

「偏差値が使えない」とは言ってない。

受験の偏差値は正常に動く。テストの点数は正規分布に近いから、偏差値50がちゃんと「真ん中の受験生」になる。身長もいい。左右対称に近い分布なら、偏差値は素直に機能する。

問題は、右歪みの分布(年収・フォロワー数・動画再生数……)に当てると**「50 = 真ん中」が崩れる**ことを知らずに使う場合だ。物差し自体は壊れてない。前提のズレを意識して「割り引いて読む」なら使える。

Huff が『統計でウソをつく法』で繰り返し書いてたのもこれに近い。嘘の数字じゃない——正しい計算を、合ってない前提に当てると、答えがズレる。

「偏差値50は真ん中じゃなくてやや上」がどのくらいのズレかを定量的に出すには、歪度(skewness)という指標を使って補正する話になる。そこまではまだ計算してない。気が向いたらそれも書く。

やあ、ここまで読んでくれてありがとう。

身近な疑問に引っかかったら、数えて確かめないと気が済まない。引っかかってから「なるほど」に辿り着くまでの過程を置く場所「猫だくさん」。